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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)2837号 判決 1969年10月29日

原告

奥野昭

被告

ニコニコタクシー株式会社

ほか二名

主文

一、被告村山修、同天野哲良は各自原告に対し、金四八四、〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年七月六日から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告の被告ニコニコタクシー株式会社に対する請求および、被告村山、同天野に対するその余の請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用中、原告と被告ニコニコタクシー株式会社との間に生じたものは原告の負担とし、原告と被告村山、同天野との間に生じたものは、これを五分してその二を原告の負担とし、その余を右被告らの負担とする。

四、この判決の一項は、仮に執行することができる。

五、ただし被告村山、同天野が、原告に対し各金三五万円の担保を供するときは、それぞれの右仮執行を免れることができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

被告らは、各自原告に対し、金七九三、七五〇円およびこれに対する昭和四三年七月六日から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

二、被告ら

請求棄却の判決を求めた。

第二、当事者の主張

一、原告、請求原因

(一)  本件事故の発生

日時 昭和四三年二月六日午前七時五〇分ごろ

場所 大阪市大淀区中津浜通五丁目六番地十三大橋上

事故車 普通乗用自動車(大五あ、九五四六号、以下A車という)

同 小型貨物自動車(大四う、五七一五号以下B車という)

運転者 A車、訴外奥村実

同 B車、被告天野哲良

態様 原告は、A車(タクシー)の乗客として同車で北から南へ進行中、その右側を同方向に進行していた軽自動車が、A車の前方に出てきたため、A車は急停車したところへ、後続して同方向に進行中のB車に追突された。

負傷 原告は、外傷性頸部症候群の傷害をうけた。

(二)  帰責事由

1 被告会社は、A車の所有者であつて、それを自己のための運行の用に供していたものである。

2 被告村井は、B車の所有者であつて、それを自己のために運行の用に供していたものであるが、本件事故時には被告天野に一時貸していた。

3 被告天野はB車を運転して、A車に追従して進行していたが、先行するA車が急停車しても追突を避けられる車間距離を保持しなければならないのに、これを怠つて進行した過失のため本件事故を惹起した。

従つて、被告会社および被告村井は、自賠法三条により、被告天野は、民法七〇九条によりそれぞれ本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(三)  損害

1 逸失利益 金九三、七五〇円

原告は、本件事故による負傷のため、事故後直ちに松本病院に入院し、昭和四三年五月一七日現在まだ入院加療中である。事故前河村、一貫堂にプレス工として勤務していた。その月収は金三〇、二一二円となる。しかし、これは勤めて僅か一〇日余の収入から算出したもので、それより以前に同じ職場で勤務していた平江製作所における平均月収が金二八、一二五円となるので、これから事故当日より同月一五日までの休業による損失を算出すると、金九三、七五〇円となる。

2 慰藉料 金七〇万円

原告は、本件事故による傷害として後頭部の痛み、目まい、吐気などの症状があり、また長期にわたる欠勤のため、郷里の母への送金もできず、これら精神的、経済的苦痛は甚大である。これを金銭に見積るとき金七〇万円を相当とする。

(四)  よつて、原告は、被告らに対し、連帯して金七九三、七五〇円およびこれに対する昭和四三年七月六日から右完済まで年五分の割合による金員の支払を求める。

二、被告会社

(一)  請求原因に対する答弁

本件事故の発生は認める。

帰責事由1は認める。

損害はすべて争う。

(二)  免責の抗弁

1 本件事故は、被告天野がB車を運転するについて、車間距離を十分保つていなかつたために生じたもので、同被告の過失により発生したものである。

2 被告会社の被用者である訴外奥村実は、A車の前にいた車が急停車し、衝突を避けるために同様急停車したので、奥村に過失は全くなく、被告会社に運行上の過失はない。

3 A車は、構造上の欠陥または機能の障害はなかつた。従つて、被告会社には、自賠法三条による損害賠償の責任はない。

三、被告村井

本件事故の発生は認める。

損害額は争う。

四、被告矢野

本件事故の発生は認める。

過失および損害はすべて争う。

五、被告会社の抗弁に対する原告の答弁

免責の抗弁は否認する。

第三、証拠〔略〕

理由

一、本件事故の発生は、すべて当事者間に争いがない。

二、被告会社の責任の有無

被告会社は、A車の所有者で、それを自己のための進行の用に供していたことを自認しているので、その主張する免責の抗弁について、以下判断する。

〔証拠略〕によると、次の事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、新淀川にかかる十三大橋上の道路で、歩車道の区別があり、車道の幅員一四・五メートルで左右二車線ずつに区分されていて、全部アスファルト舗装されている。ただ事故当時現場付近の北行車線のセンターライン側では道路工事中で車輛の進行はできなかつた。道路は直線、平たんで見とおしよく、事故当時路面は乾燥していた。交通量は、非常に多く、事故当時も南行二車線とも車輛が列をなして走行していた。交通規制としては、速度制限が時速四〇キロメートル、駐車、転回、横断の各禁止がなされていた。

(二)  訴外奥村は、被告会社に三年余勤務した運転手で事故当日A車に原告および訴外佐藤清を乗せて運転し、大阪市東淀川区十三方面から梅田方向へ向け、本件事故現場を時速約三〇キロメートルで南進中であつた。A車は、センターライン側の車線を走行していたところ、その前方の左側車線を走つていた軽四輪自動車が、A車の直前先行車の二、三台前に割りこみ、そのため右先行車が急停車した。訴外奥村は、数メートルの車間距離しか取つていなかつたが、右先行車の動静をみて、直ちにA車を急停車させた。停車した際、右先行車との距離は約一メートルであつて、その場所の左側は走行する車輛の列、右側はセンターラインに近く、しかも前記工事中の所から僅かしか離れていなかつた。

(三)  被告天野は、B車を運転して事故現場のセンターライン側車線を南進していたとき、はじめ歩道側車線にいたA車が、B車の直前に進行してきた。その際被告天野は、右側工事中の柵にB車を少し接触してしまい、A車の運転方法について進路妨害だと文句を言つてやろうと思い、A車に追従しつつ、追いついてやろうと、車間距離約六メートルを置いてA車とほぼ同様の速度で進行した。そうして、A車の後部ブレーキ灯がつきA車が急停車したのをみて、B車のブレーキ・ペダルを急いでふんだが間に合わず、B車の前部をA車の後部に追突せしめ、A車の後部が破損した。

(四)  訴外奥村は、運転開始直前にA車の点検をして支障のないことを確認しており、走行中ハンドルやブレーキに異常はなかつた。なおA車は、四三年型日産セドリックであつた。他に右認定を動かしうる証拠はなく、右事実によると、本件事故は、専ら被告天野の適当な車間距離の不保持と前方不注視の過失によつて惹起されたものである。すなわち、被告の天野は、先行車が、いつ急停車しても追突が避けられる程度に車間距離を保持して進行するべきであり、またA車と先行車の車間距離と、A車とB車とのそれは余り違いはないのに、A車は追突しておらず、B車が追突したのは、B車のブレーキに異常があつたと認められない以上被告天野の前方不注視に基因するものと考えざるをえない。しかも被告天野がA車に追いついてやらねばと考えていたことも、A車の動静を冷静にみる余裕を欠いていたものと思われる。

ところで右認定事実によると、訴外奥村は、軽四輪車の割りこみで先行車の急停車のため、やむをえずA車を急停車させたものであつて、後続車の追突を予測すべきだとするのは無理であるが、かりに予測できたとしても、本件事故現場の状態では、左右いずれにも進行させることはできない。つまり、右側は、他の車が列をなして進行しており、右側は、工事中であり、工事中の所を避けて右へ出られたとしても反対車線の車輛が入つてくる危険があり、いずれも他車との衝突の危険があるからである。従つて、訴外奥村が、A車を急停車させたことの過失はなく、むしろ割りこみをした軽四輪車の運転方法に問題があつたものと考えられる。なお、訴外奥村が、B車の直前にA車を進行させた際、B車の進路を妨害するような運転方法があつたとしても、それは本件事故と直接関連性があるものでないから、そのことをもつて同人の過失を問うことはできない。なお、A車は新しい車であり、ブレーキの異常はなく、ブレーキ・ペタルをふんだ際、車体後部のブレーキ灯もついており、他に事故と関連する車の構造上の欠陥や機能障害はなかつた。

つぎに、A車の運行供用者である被告会社が、運転者の訴外奥村の選任、監督上の注意義務をつくしたかどうかであるが、本件事故は、右奥村の運転方法に基因するものでないので、右選任等の問題は事故との直接の関連性は薄い。だが、奥村が被告会社における勤務期間が比較的長かつたことや、事故の状況や前記A車に欠陥等がなかつたことから、これらの不注意がなかつたことを十分推認しうる。それ故、この点から被告会社の運行上の過失を認めることはできない。そうすると、本件事故は被告会社および運転者である訴外奥村にA車進行上の過失もしくは、A車の構造上の欠陥、機能障害によつて生じたのでなく、被告天野の過失によることが明らかであるので、被告会社は自賠法三条但書所定の免責の適用をうけうるものである。

三、被告村井の責任

〔証拠略〕によると、被告村井は、B車を所有し、本件事故当日に二日間と限定してB車を被告天野に貸与したことが認められる。そうすると、被告村井は、B車の運行支配と運行利益が自己に帰属しない特別事情の存在を主張、立証しないかぎり、B車の運行供用者である地位にあつたと認められ、特にB車を他へ貸与中であつても、短期間に返還が予定されていたことでもあり、被告村井の一般的運行支配内にあつたというべきで、他に特別事情の認められない本件において、同被告が運行供用者として自賠法三条により本件事故から原告に生じた損害を賠償する義務がある。

四、被告天野の責任

本件事故は、被告天野の過失により惹起されたことは、前記二において認定したとおりであり、同被告は民法七〇九条により本件事故から原告に生じた損害を賠償する義務がある。

五、損害

1  逸失利益 金八四、〇〇〇円

原告は、本件事故による傷害のため、事故当日から昭和四三年五月一六日(一〇一日間)まで大阪市東淀川区加島町松本病院に入院し、さらに退院後同年七月一日まで(実治療日数三五日)通院した。原告は、事故前同市大淀区大淀町北一の二河村一貫堂にプレス工として勤務していて、同年一日中の稼働日数五日で金五、八一二円の収入があつたが、本件事故により右入院期間中欠勤のやむなきに至つた。(〔証拠略〕)

原告は、河村一貫堂において僅か五日しか働いておらず、その収入も控えめに算定されてもやむをえないから、日収一、〇〇〇円として右欠勤期間中の日曜、祭日を除く八四日間の休業損を算定すると、金八四、〇〇〇円となる。

2  慰藉料 金四〇万円

原告は、外傷性頸部症候群の症状として頭痛、めまい、頸部運動制限などがあり、前記入、通院の結果、昭和四三年七月二日治ゆの診断をうけた。前記病院に退院して後、直ちに三和工芸社へ勤務し、その後医師の治療はうけていない。(〔証拠略〕)右治療経過と傷害の程度、その他原告が退院後直ちに勤務につき、治ゆするために積極的に努力した点など諸般の事情を考慮して、その精神的、身体的苦痛に対する慰藉料として金四〇万円をもつて相当と認める。

六、本件は前記二に認定したとおり過失相殺すべき事案でない。

七、結論

よつて、原告の被告会社に対する請求は失当として、これを棄却し、被告木村、同天野に対して各自、右五の損害合計金四八四、〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年七月六日(被告天野への訴状送達の翌日)から右完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であるから、これを認容し、その余の各請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行および同免脱の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤本清)

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